「皇帝化したプーチンを予言した」と書いてある帯に惹かれて、ロシアの現代作家として知られるウラジーミル・ソローキンの河出文庫『親衛隊士の日』を買って読んだ。2013年に河出書房新書から出版された単行本を文庫にしたものだが、訳者の松下隆志氏はより現実味を増している世界観を考慮、古めかしい言葉を多用した翻訳文を全面的に見直したという。原書の発刊は2006年で、日本語訳の河出文庫は今年9月22日に発刊された。
同書は2028年のロシアを描いたディストピア小説であり、そのロシアにはイワン雷帝を想起させる絶対的な権力を持つ皇帝が支配し、貴族と平民に分けられた封建的な世界が舞台。主人公は、ロシア帝国の秩序を暴力で支配している「オプリーチニナ」の1人。オプリーチニナは、イワン雷帝が絶対的支配の及ぶ地域に任命した直属の親衛隊士で、その使命は国家や皇帝に敵対する貴族の根絶にあり、訳者解説によると1970年には6週間にわたる殺戮と破壊で2千から1万5千人という犠牲者がでた。2028年の親衛隊士は馬ではなく、真紅のベンツを乗り回している。
ソローキンがこの 『親衛隊士の日』で描いたのは、皇帝化したプーチンが力と恐怖で支配する西側世界と訣別した近未来のロシアと言われる。このようにプーチンが創り上げようとしている帝国について絶えず考えていることを実証するかのように、2月24日のロシアのウクライナ侵攻を受けて急遽エッセイ『プーチン 過去からのモンスター』を発表、世界各国で翻訳され南ドイツ新聞や英ガーディアン紙などに掲載された。日本では、5月1日発行の「文藝」夏季号が同じ松下隆志氏の翻訳を掲載している。
「2022年2月24日、この20年間ずっとプーチンを覆っていた『啓蒙専制君主』の鎧がひび割れ、ばらばらに崩れた。世界はモンスターを目にした。己の願望に狂い、決断において無慈悲なモンスターを。自分自身の絶対的な権力、帝国的な攻撃性、ソ連崩壊のルサンチマンによってあおり立てられた敵意、西側の民主主義に対する憎悪をたっぷりと吸い込みながら、怪物は年を追うごとに力を蓄え、次第に成長していった。今やヨーロッパは、かつてのプーチンとではなく、『ビジネス・パートナー』や『平和協力』の仮面を脱ぎ捨てた新たなプーチンと交渉しなければならない。彼との和解はもはやあり得ないだろう。」
激烈な冒頭の言葉であり、このあと16世紀にイワン雷帝が築いたピラミッド型権力がピョートル1世、ニコライ2世、スターリン、ブレジネフ、アンドロポフと続き、今やプーチンが20年以上も頂点に立っていると説明。「ここ最近の出来事から判断するに、プーチンはロシア帝国の復活という狂った考えに完全に取り憑かれた。」「プーチンの内なるモンスターを育てたのは、我が国の権力ピラミッドや、ツァーリが暴吏にするようにプーチンが自分のテーブルから脂ぎった腐敗の塊を投げてやった金次第のロシアのエリートたちだけではない。無責任な西側の政治家、シニカルなビジネスマン、金次第のジャーナリストや政治学者たちの称賛も彼を育てた。」「プーチンにとっては人生すべてが特殊作戦なのだ。」
「21世紀のヨーロッパで全面戦争が開始されたことを自覚すべきだ。侵略国はプーチンのロシア。それはヨーロッパに犠牲と破壊をもたらす。この戦争を始めたのは、絶対的な権力によって堕落し、己の狂気の中で世界地図を塗り替える決断を下した男だ。『特殊作戦』を宣言したプーチンの今日の演説を聴くと、話の中ではアメリカやNATOがウクライナよりも頻繁に言及されている。NATOに対する彼の最近の『最後通牒』を思い出そう。したがって、彼の目的はウクライナではなく西側の文明であり、それに対する憎悪を彼はKGBの黒いお乳を飲んで身につけたのだ」。
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