本書『ウクライナを知るための65章』の初版が刊行されたのは、2018年10月のことであった。それから約3年半が経過したにすぎないが、同国をめぐる状況は激変している。ウクライナ政治の大きな変化と言えば、2019年3、4月の大統領選挙で、新人のゼレンスキーが現職のポロシェンコに対し地滑り的勝利を収め、第6代ウクライナ大統領に就任したことだろう。晩年のポロシェンコ大統領は、親欧米・反ロシアの姿勢を鮮明にしていた。その結果、2019年にはウクライナ正教会がロシア正教会からの独立を果たし、また憲法にはウクライナの欧州連合(EU)および北大西洋条約機構(NATO)加盟路線が明記されるという進展があった。しかし、国民が身近な経済・社会問題の解決を望む中で、民心はポロシェンコから離れ、それが敗因となった。対するゼレンスキーは、元々は人気コメディアンであり、政治家や富豪、汚職を風刺するネタで注目を集めた。特に、テレビドラマでひょんなことから大統領に選出される教師を演じたのが当たり役となり、国民の中からゼレンスキー待望論が自然に湧き上がった。2018年の大晦日にゼレンスキーが実際に大統領選出馬を表明すると、人気は鰻登りとなり、結局、国のトップにまで駆け上がることになったのである。ただ、ウクライナが内外で抱える難問は、そう簡単に解決できるものではない。当初、ロシアとの交渉に柔軟姿勢で臨むかとも思われていたゼレンスキー政権は、次第に前任者のような親欧米・反ロシアの路線に傾き、欧米の後ろ盾を得てクリミアを奪還するといった姿勢を見せるようになった。むろんウクライナ側に非のあることではないが、ロシアのプーチン政権がゼレンスキー政権を見る目が厳しくなったことは事実だろう。プーチン大統領は2021年7月、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題する論文を発表した。ロシア人・ウクライナ人・ベラルーシ人は歴史的に一体の存在であり、ソ連による誤った民族政策によりウクライナという枠組みが人工的に作られたにすぎず、今日ウクライナは欧米の介入によりロシアへの敵対政策を強めているというのが、その主張であった。今振り返ればこの論文は、後のウクライナ侵攻を正当化するために用意されたものとしか思えない。ロシアは2021年秋に対ウクライナ国境に大規模な兵力を集結させ、12月にはロシア軍が近くウクライナに侵攻するとの米国情報機関による報告が報じられた。2022年に入りロシアは2月21日、ウクライナ・ドンバス地方の自称ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国を国家承認する決定を行い、それぞれと条約を結んで、ロシアから「平和維持部隊」を送る(実際には以前から存在していたが)ことを取り決めた。この決定が重大だったのは、ロシア自身が執心していたはずのいわゆる「ミンスク合意」に終止符が打たれ、和平の拠り所が完全に失われたことであった。そして、プーチン大統領は2月24日、国民向けのテレビ演説で、ウクライナに対し「特別軍事作戦」を開始すると表明した。
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